大切なデータを保管するファイルサーバは、空調が整備された部屋のラックに入れて管理するのが理想ですが、事業所の規模や情報システム担当者不在の企業では、デスクの上にNASを置いて運用するのも珍しくありません。
極端に高温多湿な環境でなければ、オフィスのデスクや棚にNASを置いた運用でも問題ありませんが、その様な場所で稼働させるシステムの多くは停電対策やバックアップの設計を十分にしないまま稼働させる傾向があります。
企業活動のデータが大切なのは事業規模や業種関係なく同じですが、スペースや資金的な理由で十分な対策ができない場合があるのも事実で、そんな企業の悩みの手助けをしてくれるのが新しくZFSを採用したQNAPのNASです。
データ保護の課題
ファイルサーバの運用は意外と奥が深く、ディスク障害に強いシステムの構築だけでなく、電源喪失によるRAIDのライトホール問題やランサムウェア攻撃など、様々なトラブルを想定した対策が必要になります。
データ消失リスクを防ぐ最も有効な手段にディスクの冗長化がありますが、RAIDだけでは削除したり上書きしたデータを瞬時に戻すことができませんし、ディスクが複数破損した場合はデータが消失する事態になります。
あらゆる事態を想定してストレージのスナップショットを取得したり、別システムにファイルをレプリケーションしたり、データのバックアップ計画を練りますが、コストと時間をかける割には万能と言えません。
例えば、従来のスナップショットは指定した保存日数以内であればのデータを復元することができますが、年単位に遡る想定外の過去のデータを求められても対応できない場合があります。
BackupExecのフルバックアップデータをテープに残して世代管理すれば、何年も前のデータを元に戻すことができるかもしれませんが、そこまで手間とコストをかけられるのは専任の担当者がいる企業だけです。
ZFSで更に強固な保護と柔軟な復元
そんなデータ保護の課題を解決するために開発されたのがQNAPの新OS QuTS Heroで、従来のNASとは違うZFSをファイルシステムとして採用し、より強固なデータ保護と柔軟な復元をリーズナブルな価格で実現しました。
新OS QuTS Heroは従来のQTSと操作性は同じですが、ZFSを採用することでソフトウェアRAIDのライトホール問題の解消や、長期的なスナップショットの保存と復元を可能にすることができました。
ZFSを採用したQNAPのNASは、最も利用されることが多いRAID-1とRAID-6のライトホール問題を解消し、更に障害耐性を強化したTriple MirrorやRAID-TPでシステムを構成することができます。
製造工場で例えると、従来のソフトウェアRAIDは品物を検品せずに発送して顧客に不良品を届けてしまう可能性があるのに対し、ZFSを採用したQuTS Heroは製造ラインや出荷場所などで適宜検品作業を行います。
ZFSならミスがあればその場で添付されている指示書に従い直しますが、既存ソフトウェアRAIDはデータ化けが発生したとしても気が付かずにリビルドを完了させるので、ファイルを開くまで問題が発覚しないことがあります。
進化したスナップショット
上書きしたり削除したファイルの復元は、バックアップよりもスナップショットから戻した方が楽な上に被害を最小限に抑えることができますが、いざという時に役に立たない時があります。
例えば、どんなファイルの復元要求にも対応できるように、スナップショットを四時間毎に取得し保存期間を一カ月に設定したとしても、一年以上前に削除したデータの復活を依頼されては意味がありません。
64世代までの保存が可能なMicrosoft VSSと比べれば、EXT4やBtrfsを採用しているNASの方が柔軟な対応が可能ですが、スナップショットをGFS方式で最大65,536世代保存できるZFSの方が圧倒的に優れています。
もちろん、テープライブラリを使用してデータの長期保管が可能なバックアップスケジュールを組めば同じことができますが、システムの導入コストや管理コストを考えると一部の企業向けとしか言えません。
更にQuTS heroには、ファイルの更新がなければスナップショットを取得しないスマートバージョニング機能があり、復元ポイントを発見しやすく無駄なストレージの消費を抑えることができます。
スナップショットは一時間毎に取得するスケジュール設定にするのがおすすめですが、復元ポイントが増え続けると目当てのファイルを探し出すのが大変になるので、スマートバージョニングを有効にしてください。
無駄なくストレージを節約
QuTSで動作するNASは、ストレージの管理画面から簡単に共有フォルダ毎の圧縮とファイル重複排除の設定が可能で、これらの機能を組み合わせることで効果的にストレージの消費を抑えることができます。
特に効果を発揮するのがシステムファイルを含めたクライアントPCのバックアップで、同じファイルを多く保存するケースで利用するなら、重複排除を有効にすることでストレージの節約が可能になります。
重複排除機能を利用するにはNAS本体にメモリを最低でも16GB搭載する必要がありますが、より安定したシステムの稼働のためにも可能な限り多くのリソースを割り当てて余裕を持たせた方が安心です。
ZFSのパフォーマンス
ファイルサーバはデータアクセス速度よりもデータ保護性能の方が重要なので、ZFSと他のファイルシステムのパフォーマンスを比較するのはナンセンスですが、バックアップストレージなど特殊な用途では重要なポイントになります。
ファイルシステムの違いによるパフォーマンスの違いを計測するために、同じハードウェアのNASに従来のQTSと新しいOSのQuTSをインストールし、ベンチマークとファイルコピー速度を比較してみました。
今回の検証はディスクパフォーマンスを競う物ではなく、ファイルシステムの違いによる性能の違いを検証するものなので、3.5インチハードディスクを使用してデータアクセス速度の違いを調べてみました。
下の画像左がQTSのext4で右がQuTSのZFSですが、極力同じ条件にするためにどちらも64KBブロックに設定し、ZFSは非圧縮と重複排除を無効にした状態でベンチマークを実行しました。
右のext4と比べて左のZFSは、ランダムアクセス(ブロックサイズ4KiB)の書き込み速度が1/10以下なのが気になりますが、シーケンシャルは若干改善されているので動画ファイルの保存で恩恵がありそうです。
試しに100GBの単一ファイルをパソコンからNASにアップしてみたところ、左のext4は緩やかな波でトラフィックが安定しているのに対し、ファイルチェックが入るZFSは鋭い鋸状になります。
一見、通信トラフィックが安定しているext4の方が高速に思えますが、全体のファイルコピー速度で言えばZFSの方が最大転送速度が高くなり、30秒程短い時間で完了するという結果となりました。
より実践的な検証をするなら、ランダムアクセスが発生する小さなファイルをコピーすべきですが、ファイルシステムの違いがパフォーマンスの影響に分かりやすく出たのはシーケンシャルアクセスでした。
ZFSを活かす高性能マシン
ZFSはファイルの書き込み時にチェックが入るので、パソコンからNASへファイルをコピーする時はスループットが安定しませんが、超高性能CPUを搭載しているQNAPのNASなら全く影響を感じません。
一般的にデスクトップモデルのNASには控えめな性能のハードウェアが搭載される傾向がありますが、今回の検証に使用したTS-h973AXには高性能のCPU AMD Ryzen Embedded V1500B Quad-coreが搭載されています。
更にTS-h973AXには、超高速なU.2 NVMe PCIe Gen3 x4 SSDのスロット2本と、導入しやすい2.5インチSATA SSDが2本、そして大容量の3.5インチHDDのスロットが5本、合計9本ものディスクが搭載可能です。
ただ、いくら高速なCPUと新世代のストレージが利用できたとしても、ネットワークが低速ではハイエンドなNASの性能を活かすことができないので、ネットワークも高速化する必要があります。
その点、TS-h973AXには標準で10Gbase-Tと2.5Gbpsのポートが搭載されているので、拡張ボードを増設することなく高速なデータアクセスが可能ですし、U.2 NVMe PCIe Gen3 x4 SSDを高速なキャッシュとして利用することができます。
注意点としては、今回の検証に使用したM.2 NVMe SSDのなかでPCIe 4.0規格に対応したSamsung 980Proは動作が不安定でしたので、公式サイトの互換情報を確認した上でご用意ください。
NVMe SSDを安全にシステムへ搭載可能なU.2スロットですが、連続したデータアクセスが長時間発生すると発熱量が増加しファンの回転数が上がるので、キャッシュ専用として利用することをおすすめします。
OSの切り替えが可能
企業のデータを強力に保護する注目株のQuTS heroですが、ZFSのファイルシステムはストレージの容量拡張が苦手な上に、ドライブ自動階層化でデータアクセスを高速化するQtierを利用することができません。
QuTS heroを利用すれば、従来のNASでは考えられないサイズのストレージプールを作成したり、数年前のファイルを復元することも可能になりますが、新しいファイルシステムの採用で何らかの不具合が発生する可能性もあります。
QuTS hero対応のNASを購入したものの、運用実績が豊富なext4でファイルサーバを公開したり、バックアップストレージとして運用利用するなら、システムを初期化してQTSに切り替えることができます。
QuTS heroとQTSはファイルシステムが異なることから、OSを切り替える際はデータが全て消去されるので、徹底的に動作検証した上で運用を行うか複数のバックアップを残してからにしてください。
QuTS heroとQTSは、ファイルシステム特有のストレージ機能の違いだけでなく、仮想化など一部仕様が変更されている部分がありますが、管理画面の操作方法は大きく変わらないので安心して使うことができます。
企業を守るQuTS heroまとめ
QNAPは、最強性能を誇るハードウェアの投入と新しいストレージ技術を追求し、ローエンドのホームサーバからハイパフォーマンスなファイルサーバまでサポートする、NASの世界で定評ある老舗の人気メーカーです。
新たにZFSを採用したQuTS heroのNASは、障害耐性を強化したRAIDモードの追加と年単位で遡ることができるスナップショット、ストレージを効率良く消費する重複排除など、企業のデータをより安全に守る機能を揃えた優れた製品です。
今回は新たに採用されたZFSのストレージ技術を中心に紹介しましたが、QuTSは企業の大切なリソースを有効に活躍する仮想化技術が強化されるなど、エンタープライズ用途でも利用できるように設計されています。
QuTS heroが動作するNASは、従来のソフトウェアRAIDに対する不安やスナップショットの制限に物足りさなを感じる企業はもちろん、高解像度が進む大容量データの高速アクセスを必要とするユーザーにおすすめです。
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