設定や操作が簡単でコストパフォーマンスが優れているNASは、情報システム管理を兼務する企業の共有サーバとして重宝されていますが、データ保護の仕組みや機能の違いを知らず導入してしまい後悔するケースがあります。
予算の問題で情報システムにあまり費用をかけられないのは仕方がないことですが、会社の規模や業種に関係なく企業活動で得られるデータはどれも重要なので、ファイル共有に使用するNASはメーカーと機種選びがとても重要になります。
企業向けのNASでおすすめの製品はいくつかありますが、今回は注目株のファイルシステムZFSを採用しデータ保護能力を高めた、QuTS heroが動作するQNAPの中小企業向けモデルTS-h973AXの性能や機能について紹介します。
新しいOSでNASが更に進化
デスクトップタイプのハイエンドNAS TS-h973AX本体性能について紹介する前に、128bitのファイルシステムZFSを採用した新しいOS QuTS heroと、従来のQTSの違いについて簡単に紹介します。
QuTS heroは、従来のファイルシステムよりも堅牢なディスク冗長化が可能で、ソフトウェアRAID特有のライトホール問題を解消、半永久的に近い数のスナップショットを保存できるなど、ストレージ保護能力を強化したQNAP NASの新しいオペレーティングシステムです。
しかもQuTS heroなら共有フォルダ毎に重複排除や圧縮を設定できるので、ファイルサーバの永遠の課題とも言えるストレージの無駄遣いを自動で減らし、不毛とも言えるストレージの管理コストを大幅に減らすことができます。
他にもOSの仮想化など企業のリソースを有効に活用する技術が強化されていますが、操作方法は従来のシステムQTSと基本的に同じなので、既存ユーザーの負担が増えることがないので安心して使うことができます。
QNAPの新しいOSは、高速なデータアクセスを実現するQTSのストレージ階層化技術Qtierをサポートしていませんが、企業向けのファイル共有は強力なRAID構成が可能で破損したファイルを自動修復するQuTS heroがおすすめです。
因みに、QuTS hero対応機種でなければ、ZFSに対応した新しいOSのインストールはできませんが、データを消去する初期化を実行することでQTSに切り替えて運用することができるので安心です。
次世代性能を標準装備
一般的なデスクトップモデルのNASに採用されるCPU性能はあまり高くありませんが、今回紹介するTS-h973AXは高性能でありながらコストパフォーマンスが優れた人気のAMD Ryzenを搭載しています。
TS-h973AXに搭載されているAMD RyzenエンベッデッドV1500Bは、2.2GHzで動作するクアッドコア8スレッドのCPUで、データ修復機能を有するZFSのファイルシステムをスムーズに処理します。
データを単純に保管するためのNASなら高速なCPUは不要ですが、ストレージの無駄をなくす圧縮や重複排除や、RAID-6よりも堅牢なTriple MirrorやRAID-TPを利用するには必須と言えます。
CPU性能が高ければ仮想化のゲストOSも快適に動作しますし、動画のエンコードや写真のインデックス処理にも恩恵がありますので、今まで以上にNASを便利に活用することができます。
2.5Gbps/10Gbpsポート標準装備
高速と言わている1Gbpsネットワークも実はUSB3.0より遥かに遅いので、数年後を見据えて10Gbps通信に対応した機器を選ぶことを心がけていますが、中小企業向けモデルで標準装備しているNAS製品は決して多くありません。
ミドルエンドやハイエンドモデルのNASには、PCIe対応拡張スロットが使える物もありますが、既存のポートを無駄にして高価な10Gbps対応ネットワークボードを追加する必要があります。
その点、今回紹介するTS-h973AXは一口の10Gbpsポートと二口の2.5Gbpsポートを標準で搭載しているので、余計なコストをかけて拡張することなく簡単に次世代ネットワークへ接続することが可能です。
もちろん、通信を10Gbpsや2.5Gbpsに対応させるには、ネットワークスイッチやクライアントも対応しなければなりませんが、将来性を考えると今のタイミングで1Gbps通信が限界の製品を選択する意味はありません。
従業員数が多い企業の通信インフラを10Gbpsや2.5Gbpsに対応させるには大変なコストがかかりますが、スモールオフィスや中小規模の企業ならネットワークスイッチも手が届く価格まで値下がりしています。
予算的に建物全体を10Gbpsネットワークに対応させるのは難しくても、低価格化が進んできた2.5Gbpsなら実現しやすくなりますし、ファイルサーバのバックアップなど用途を限定すれば十分に恩恵を受けられます。
サーバのバックアップは、スケジュールを組んで定期的に実行することに意識が向いてしまいますが、ファイルサーバのデータを復元するまでの時間を想定した環境の整備も重要になります。
例えば、18TBのファイルを1Gbps通信で復元した場合、理論値で約41時間程度の時間がかかりますが、仮に通信トラフィックが5Gbpsになると約8時間程度にまで短縮することができます。
因みに、TS-h973AXを無線化するにはイーサーネットコンバーターを利用する必要がありますが、高速で安定した2.5Gbpsや10Gbpsネットワークを捨ててまでWi-Fi接続にする必要はありません。
RAID-TPとU.2 SSD
QuTS heroを利用する大きなメリットのひとつに、障害耐性に強いRAID-6を更に強化したRAID-TPやTriple Mirrorでストレージを冗長化できる点で、それだけTS-h973AXを購入する価値は十分にあります。
従来のストレージ冗長化よりも導入コストはかかりますが、Triple Mirrorは最大2本、RAID-TPなら3本同時に障害が発生しても耐えられるので、データ消失リスクを大幅に下げることができます。
大容量化が進んだストレージのRAIDはリビルドに時間がかかるのですが、同時期から稼働するディスクが故障することは珍しいことでもないので、RAID-TPやTriple Mirrorはとても有難い存在です。
今回紹介するTS-h973AXには、5本の3.5インチドライブベイがあるので、大容量のハードディスクだけでRAID-TPの構成ができますし、Triple Mirrorにすればストレージデータを内蔵ドライブへバックアップすることもできます。
4個ある2.5インチベイのうち2個は、NVMeを安全に挿入したり取り出しが可能なU.2 SSD対応で、ファイル共有のアクセスを高速化させるキャッシュとして使用することもできます。
M.2 NVMe SSDを搭載可能なNAS製品は多数販売されていますが、メインボードに直接取り付けるタイプはシステムを停止させる必要があるので、常時アクセスが発生するサーバには不向きと言えます。
その点、U.2 NVMe SSDが使えるTS-h973AXなら、システムを停止させることなく全てのディスクの交換が可能なので、バックアップストレージはもちろん、同時アクセスが発生するファイル共有サーバにも適しています。
NASと言えばシステムとデータの領域を混在させて運用するのが一般的というイメージがありますが、ドライブ数が多いTS-h973AXならディスクのタイプ別に機能を持たせて使い分けることができます。
システムとデータ領域を分離することでNASの動作が快適になりますし、アップデートやパッケージのインストールで不具合が発生してもデータアクセスが不能になるリスクを下げられるので、メンテナンスもしやすくなります。
強力なファイル保護能力
大切なデータを守るファイル共有サーバは、空調管理されているのはもちろん、停電、地震、火災など様々な災害を想定して対策された環境で管理するのがベストですが、スペースやコストの問題でオフィスの片隅に置かれる場合もあります。
ソフトウェアRAIDで構成したシステムを運用する時に気を付けなければならないのが、落雷などの急な停電で破損したデータを誤認識するライトホール問題ですが、QuTS heroではZFSファイルシステム内でCopy On Writeを採用しているため発生しません。
どんなに堅牢なファイルシステムでも正常にシャットダウンするべきですが、想定外のシステムダウンが発生した時のために従来のファイルシステムよりも障害耐性が強いZFSを採用したQuTS heroなら安心です。
更にZFSならスナップショットを最大65,536バージョンも残せるので、何年も前に消去したり上書きしたファイルを簡単に復元したり、ランサムウェアの攻撃にも対処できる可能性が高い最強のファイルシステムです。
大切なファイルサーバのデータは、テープライブラリでローテーションを組んでバックアップするのがセオリーですが、高価な装置の導入が困難な企業には何年も前に遡りファイルの復元ができるスナップショットはとても魅力的です。
TS-h973AXパフォーマンス
中小企業向けのNASでハイエンドクラスのTS-h973AXは、SATA規格よりも遥かに高速なU.2 NVMeを2本搭載できるので、規格の違いがどの程度アクセス速度に影響するのか調べてみました。
ノートパソコンを10Gbpsに対応させるのが困難でしたので、かなり古いデスクトップパソコンにNVMe SSD拡張ボードとネットワークアダプタを強引に搭載したのですが、性能が良ければ更に高い数字になるはずです。
他のシステムが影響しないようにネットワークスイッチを使用しないで、双方の10Gbpsポートにカテゴリー7のLANケーブルを接続し、100GB単一ファイルのアップロードとダウンロードしてみました。
下の画像左は、パソコンからNASのNVMe SSDに作成した非圧縮共有フォルダへファイルを書き込んだ時のトラフィックで、ファイルアップロード時に最大7.1Gbpsまで到達しましたが波が大きく変動しています。
上の画像右は逆にNASから単一の100GBファイルをダウンロードした時のネットワークトラフィックですが、アップロード時と違い通信速度が3.8Gbps止まりでしたが、ファイルコピーが非常に安定しています。
NASに搭載するU.2 NVMe SSDは、データの書き込み時のパフォーマンスが安定しないことや、常時高い負荷をかけてデータアクセスをすると発熱でファンの回転が上がるので、キャッシュとして使用するのがおすすめです。
そして今度はSATA規格のSSDに無圧縮の共有フォルダを作成し、100GB単一ファイルのアップロードとダウンロードした時のネットワークトラフィックですが、双方のデータアクセスが非常に安定しているのがわかります。
個人的な感想では、SSDキャッシュで大幅にHDDストレージのアクセスが高速になるという訳でもないので、U.2変換ケースを購入してNVMe SSDを利用するよりも、発熱とデータアクセスが安定するSATA規格を利用した方がメリットがあります。
実際はハードディスクでRAID構成したストレージにアクセスしたり、ランダムアクセスが頻発するファイルサーバとして運用するので、SSDのシーケンシャルファイルのアクセス速度よりもパフォーマンスは落ちてしまいます。
ただ、今後SSDの大容量化と低価格化が進めば、全てのドライブに搭載することも可能ですし、バックアップストレージやファイルサーバなど用途次第で構築すべきネットワーク速度を判断するための材料になるのではないかと思います。
TS-h973AX評価
QuTS heroモードで起動したTS-h973AXは、ファイルシステムの制限で構成済みのストレージを柔軟に拡張することができませんし、QTSモードで使えるストレージ階層化技術Qtierを使用することができません。
ディスクを1本単位で追加して容量を拡張することができないのは不便ですが、企業の大切なデータをより安全に守ることが重要ですし、5本の3.5インチハードディスクで構成するTS-h973AXなら大きな問題にはなりません。
仮に何らかの不具合が起きたり導入実績がないZFSに不安を感じるなら、QuTS heroからQTSに切り替えることもできるので、TS-h973AXを購入したからと失敗することはないので安心してください。
エンタープライズクラスに匹敵するデータ保護能力と、次世代ネットワークにも対応するハードウェア性能でありながら、コストパフォーマンスが優れたTS-h973AXは、中小企業におすすめのファイル共有サーバです。
今回の検証に使用したTS-h973AXはメモリを8GBモデルですが、ファイルの重複排除など無駄を減らす機能をフルに利用するなら、16GB以上のメモリを搭載する必要がある点だけ注意してください。
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